世界で最も美しいダイヤモンド。
それはたった1人の男の情熱から生まれました。
彼の名はラザール・キャプラン。世界三大ダイヤモンドカッターズブランドであるラザールダイヤモンドで知られる、ラザール・キャプラン社の創設者です。

現在のダイヤモンドのカッティングの中で、もっともポピュラーな形であるラウンドブリリアントカット。その理想形”アイデアルメイク”を世界で初めて実践したのがラザールです。
ダイヤモンド業界の歴史に数々の功績を残してきたトップブランド。
世界で唯一、“The world’s most beautiful diamond.”=世界一美しいダイヤモンドと名乗ることを許された、ラザールダイヤモンドの歴史を紐解きます。
第一章 ラザール・キャプランの軌跡
偉大なダイヤモンドカッターの誕生

ラザールダイヤモンドの創業者ラザール・キャプランは1883年7月17日、ロシアのある村に生を受けました。
就学前に10人の兄妹のうち8人を疫病で亡くすという経験をした彼は、その悲劇を心の奥にしまい込み、父親と生き残った家族とともにベルギーのアントワープに移住しました。
ベルギーのアントワープは15世紀からダイヤモンド産業の中心地でダイヤモンドの研磨技術も世界最高峰。その技術の高さは、フランス王フランソワ1世がパリの職人ではなくアントワープの研磨工に依頼したほどです。

ラザールはアントワープでダイヤモンド研磨技術を学び始めます。まだティーンエイジャーだった彼は飛び抜けた才能を示しました。
曽祖父や祖父は宝石職人、父は時計職人だったラザール・キャプラン。その才能は家族譲りでした。
1903年、弱冠20歳という若さでカッティング事業を開始。22歳の頃にはアントワープで最も優れたダイヤモンドカッターとして認められるようになったのです。
結婚。そして悲劇
ラザール・キャプランは二度にわたって全財産を失う波乱の人生を送りました。
そんな彼の人生最大の幸福は、妻シャーロット・キットワーと出逢ったことかもしれません。シャーロットは芸術や音楽を愛し、9ヶ国語を操るとても教養のある女性でした。
ラザールはシャーロットを心から愛し、その証として最高の輝きを放つダイヤモンドの指輪を婚約指輪として贈りました。

シャーロットもまたラザールを深く愛し、結婚後どんな時もひたむきに家族に愛情を注ぎ、支え続けました。
ラザールはカッティングの仕事以外にも、妻シャーロットと共に、恵まれない子どもたちのために財団を設立する事業も行っていました。
慈愛に満ちたシャーロットの想い、そして正しいことを貫き通すラザール・キャプランの志。
世界で最も美しいダイヤモンドをカットする根底には、度重なる不幸に見舞われたからこそ、周りにいてくれる人々への深い感謝と愛情があったからに違いありません。
人々は彼を「クレイジー」と言った

卓越したダイヤモンドカッターとして腕を磨いたラザール・キャプランは1914年、31歳のときに渡米しニューヨークにラザール・キャプラン・インターナショナル社を設立しました。
その後、数学者で従兄弟のマルセル・トルコフスキーの58面体理論に基づいたダイヤモンドのカット「アイデアルメイク」を世界で初めて確立しました。
アイデアルメイクとは、現在では最もポピュラーなダイヤモンドカットである、ラウンドブリリアントカットの理想形です。
ラザール・キャプランがこのカットを実現した当初は周りから奇異の目で見られ、業界のほとんどの人が彼を「クレイジー」だと考えていました。

そんな中でも信念を貫いたラザールはアイデアルメイクの重要性について、次の言葉を残しています。
「もし、大きさや重さを重視して原石をカットすれば、ダイヤモンドの模造品やガラスのような輝きが得られるだけです。適切な比率のもとにカットされたダイヤモンドだけが、その本来の美しさを見せることが出来るのです。」
新天地、プエルトリコへ
ラザール・キャプランがようやく事業を軌道に乗せた頃、アメリカが第一次世界大戦に参戦しました。
全てのカット職人は軍隊に奪われてしまったのです。
するとプエルトリコで働くエンジニアの従兄弟がラザール・キャプランにプエルトリコでビジネスをやってみてはどうかとアドバイスしてくれました。

1917年当時、プエルトリコには業種は何であれ外国人が立ち上げた製造施設は僅か2つしかありませんでした。
ラザールはプエルトリコのポンセという小さな町でフランス語を話すホテルオーナーに出会いました。
彼女はカッティング工場を立ち上げるための空き家の交渉や、最初の研修生を雇う手助けをしてくれました。
ラザールは彼らの覚えがとても早く、とても勤勉であることを知り、早速ベルギーのカッティング業社である3人の古い友人をプエルトリコに呼び寄せました。

新天地プエルトリコでのそれからの12年はとても大変でしたが実りのあるものでした。その後ラザール・キャプランは再びニューヨークに戻ることが出来ました。
彼は息子であるレオを会社に迎えました。レオは日中働き、夜学に通って勉強をしました。
程なく息子のジョージも会社に加わり、未来はバラ色でこの先の不幸など想像出来ない程でした。
ヨンカーダイヤモンドの奇跡
1929年の世界恐慌が訪れ、ラザール・キャプランは再び全てを失うことになりました。手元にあるのは息子のレオが残した、なけなしの300ドルだけ。
ラザールはこの300ドルを元手に、もう一度事業にチャレンジします。
1929年の世界恐慌後の2、3年は誰にとっても一からの出発となる不安定なものでしたが、ラザール・キャプランのダイヤモンドカッターとしての優れた能力はしだいに広く知られるようになります。
あるとき、宝石商として著名なハリー・ウィンストンが726カラットもあるダイヤモンド原石「ヨンカーダイヤモンド」を手に入れました。

ハリー・ウィンストンはこのヨンカーダイヤモンドのカッティングをラザール・キャプランに任せることにしたのです。それはハリー・ウィンストンの馴染みのダイヤモンドカッターたちのカッティング方法とラザールのカッティング方法が全く異なっていたからでした。
しかし困ったことに、ロンドンの保険会社のロイズはカットの際に起きたミスについては一切を保障しないという結論を下しました。
ラザール・キャプランは決してミスの出来ないプレッシャーに押しつぶされそうになります。ヨンカーダイヤモンドは、これまで発見された原石として世界で2番目の大きさをもつ、非常に貴重なものだったからです。加えてアメリカに送られたダイヤモンドとしては過去最大。彼の緊張感は最高潮に達していました。
ラザールは1年の歳月をかけ、ヨンカーダイヤモンドを調査しました。
綿密な調査を終え、一度木槌を振り下ろしてダイヤモンドを分けようとしたそのとき、微細な節目を発見し、1年をかけたこれまでの計算が間違っていたことに気づいたのです。
そんなことを繰り返しながら、ヨンカーダイヤモンドのカッティングのための様々な専門の道具を開発し準備を整えていきました。ラザール・キャプランは「完璧な失敗か、完璧な成功か、その一打にかかっていた」と当時の瞬間を振り返っています。
ついにラザール・キャプランはヨンカーダイヤモンドのカットに成功します。
誰もが失敗するだろうと考えていたカッティングの成功。この業績によって、ラザール・キャプランはこれまでの人生で経験がないほどの名声を得ることになります。
GIA設立に大きく貢献

1931年、アメリカに宝石学の世界的教育機関であるGIA(Gemological Institute of America)が設立されました。
当時はジュエラーのほとんどが自分自身の勘と経験だけを頼りに鑑別やグレーディングを行う時代でした。
そんなおり、小売のジュエラーであり理想家であったロバート・M・シップリーが宝石に関する短期講座を南カリフォルニアで開き、GIAを設立するに至ったことで時代は大きく動き出します。
GIAの設立によって、現在国際的に求められているダイヤモンドグレーディングとその品質表示方法として用いられる「4C」が誕生しました。この「4C」の基礎を作ったのがラザール・キャプランです。
ダイヤモンドのカラーグレーディングの際に使われる最初のマスターストーンには、ラザール・キャプラン社のダイヤモンドが採用されました。
多大な貢献からラザール・キャプランはGIAの名誉副会長に任命されます。現代でもラザール・キャプランが、世界中の名門ジュエラーから厚い信頼を得ている理由です。
ラザール・キャプランが遺したもの

「いつも正しい行いをすることだよ」
ラザール・キャプランはこう言い遺しています。
ただひたすらに最高に美しく輝くカッティングをダイヤモンドに施すことに打ち込んだラザール・キャプラン。
黄金比率や白銀比など、自然界には神秘的な美しさが存在します。
ラザール・キャプランが最高の輝きを放つダイヤモンドのカッティングにこだわったのは、美しさの向こう側にある自然への畏怖、そして悲劇的な経験ゆえに実感した周りの人々への深い感謝の念があったからではないでしょうか。
“If you do to others like you do to yourself…that is how you get friends.”
「自分に対するように人と接すること…人に正直であればいい友に恵まれる。そうして友達の輪は広がる。」
これもラザール・キャプランの遺した言葉です。
彼はいつも多くの人に囲まれていました。
プエルトリコの工場を作ったときも、外国からやってきたラザール・キャプランの周りにはたくさんの人が集っていました。ラザールのダイヤモンドに対する情熱、一途でひたむきな姿勢を目の当たりにした人々は、彼を慕わずにはいられなかったのでしょう。従業員の中にはラザール・キャプランを「お父さん」と呼ぶ人もいたのです。

90歳半ばになってからラザール・キャプランはりんごの果樹園を始めました。
業界のパイオニアとして挑戦を続けたラザール・キャプランは引退後も新しいチャレンジを始めたのです。
この果樹園にも息子や友人が彼を慕って集い、ラザールはたくさんの笑顔に囲まれて穏やかな余生を過ごしたといわれています。
ラザール・キャプラン、ダイヤモンド業界の歴史にその名前を刻んだ偉大なカッター。彼の遺したものは、ダイヤモンドに最高のカットを施すことにとどまらず、人々に幸せと笑顔、そして希望という人生の輝きを与え続けることでした。
第二章 現代に受け継がれるコーポレートアイデンティティ
最高の輝きを求め世界に広がるラザールダイヤモンド

ラザールダイヤモンドは、宝飾の中心地であるニューヨークを本拠地としながら、世界の主要国に拠点を設け、各国の市場の動向や業界構造に即した業務を行っています。
グローバルなネットワークを活かし、原石の安定した供給から研磨済ダイヤモンドの流通販売に至るまでの幅広い活動が、ダイヤモンドの最高の輝きを支えています。
採掘、原石の選別、ソーイング、カッティング、ポリッシング、検査。様々な国や人の手を経て行われる数々のプロセスを抜きに、最高のダイヤモンドのきらめきは語ることができません。
どの工程でも、いかなる妥協も許さない取り組みが、ダイヤモンド原石が持つ魅力を引き出しているのです。
1903年の創業以来、ラザール・キャプラン・インターナショナルは「一つひとつの原石から最高の輝きを引き出すこと」基本理念に掲げ、1世紀以上にわたって「アイデアルメイク」を継承し続けています。
世界的なマーケットへの挑戦

ダイヤモンドの原石が発掘されてから、市場へと送り出されるまでには、実に多くの過程を経ます。
ダイヤモンドビジネスの流れを形成しつつ、常に最高品質のダイヤモンドを市場に供給し続けてきたのがラザール・キャプラン・グループです。
ラザール・キャプラン・グループはアフリカ諸国やロシアの原石生産国におけるジョイント・ベンチャー企業の一員として活動しており、高品質なダイヤモンドの安定供給を図る事業に取り組んでいます。
加えて、中南米、ヨーロッパ、アジアといった地域にも販売の拠点を設け、地域に根差したマーケティング活動を行なっています。
ラザール・キャプラン・グループは世界のダイヤモンド業界において、常にリーダーシップを発揮し、トップブランドとしての役割を果たしています。
信頼に支えられた原石生産国との絆

ラザール・キャプラン・グループは質の高いダイヤモンドのルースを安定的に供給することを使命と考えています。
そのためにアフリカ諸国やロシアといったダイヤモンド原石生産国に拠点を設け、生産活動における協力体制を築いてきました。
ダイヤモンドの輝きを守るパートナーとして、ともに働いているのです。
相互の信頼に支えられたこの協力体制こそ、ラザール・キャプラン・グループを、変化に柔軟に適応する有機的な組織として成長させてきたといえます。
独自のカッティング技術やノウハウを原石生産国と共有しているのも、協力体制をより強固なものにし、お互いのビジネスをより豊かなものにしていくことを目的としています。
この強い絆が拡大する世界の市場に対して、常に高品質なダイヤモンドを適正な価格で提供し続ける原動力となっているのです。
ダイヤモンドの3つの輝き
高度な技術だけが生み出す理想的なカット「アイデアルメイク」

ラザール・キャプランの生命ともいえるアイデアルメイクは、ダイヤモンドの輝きを最大限に引き出す理想的なカットとして広く知られています。
それは1919年に創設者であるラザール・キャプランの従兄弟である数学者マルセル・トルコフスキーが考案したカット理論から生まれました。
トルコフスキーはダイヤモンド内に入り込む光を100パーセント反射させ、「ブリリアンシー」「ディスパージョン」「シンチレーション」という3つの要素が絶妙なバランスを保つ数学的理論を考案したのです。
ラザール・キャプランは世界で初めてこの理論を実践し、比類なき輝きをこの世に生み出しました。

底面を含む58面体からなるアイデアルメイクは各カット部分に理想的な寸法比率と角度を実現しなければ、求める理想的な輝きは得られません。
高度なカット技術は現在も受け継がれ、ダイヤモンドの内面から芸術的な美しい輝きを引き出しています。
透明度の高い優雅な光はもちろんのこと、側面から見たときの虹色の輝きは他の追随を許しません。
あなたのものである証
品質の保証とともに、安心を刻む 独自のレーザー刻印

ラザール・キャプランは1982年に世界で初めてダイヤモンドのガードル部分に肉眼では見ることの出来ない微細な刻印をダイヤモンドに施す技術を開発しました。
これはダイヤモンドの輝きに影響を与えない、レーザーによる独自の刻印方法で、現在ラザール・キャプラン社が提供する0.18カラット以上のラザールダイヤモンドにはブランドロゴと個別のIDナンバーが刻印されています。
IDナンバーはデータ管理されており、万が一の事態が発生してもお客様がお持ちの証明書と照合することにより、同じダイヤモンドであるという確認が可能となります。
世界とラザール・キャプラン・グループの歴史



ラザールダイヤモンド正規取扱店はこちら

新潟の婚約・結婚指輪専門店
ブライダルジュエリーショップ
一真堂 桜木インター店
〒950-0938
新潟県新潟市中央区神道寺2丁目7-5
Tel:025-244-7055
営業時間:11:00〜19:00
定休日:12/31・1/1